5.18.2017


今までライトルームを使って現像をしていたけど、いろいろあって、面倒臭くなって辞めてしまった。

そこでX2の設定を変えて、解像度を最小にして撮ってみた。これならば、撮った写真をそのままブログにあげることができる。そうして撮った写真がこれである。

全く問題ない、と思った。というか、これで十分だ。

デジカメも、コンピューターも、いつの頃からか十分なスペックを持つようになった。

たとえばM8というカメラがあって、最新のM10に比べれば、3代か4代くらい型落ちしたカメラだけれど、撮れる写真は十分に美しい。部品さえ持つならば、一生使えるカメラだと思う。現在M8で撮れる美しい写真は、50年経っても美しいだろう。

というか、はっきり言ってしまえば肝心なポイントは「画質」とか「音質」にはない。

そういうものを追求したい人は、そうすればよろしい。だけど僕にとっては、それは重要ではない。

5.13.2017

Dusseldorf


最近、カメラよりも、どちらかというと文房具に関心がある。しかし、関心がある、といっても、いろいろと揃えたいわけではない。

たとえば、ペンを何十本も持ちたいわけではない。書き心地の違いを較べるとか、そういう趣味はなく、あくまで一つの良い製品を使い倒したいと思うのだ。

書き心地、デザイン、耐久性、リフィルの値段などを考慮した結果、自分にとっての究極は、ローラーボールのアルスターだ、という結論にいたった。ボールペンではなくローラーボールであること。これが重要である。

一度ローラーボールを使うと、もうボールペンには戻れない。それくらい、ローラーボールは書き心地がいい。

世の中には、マスターピースと呼ばれる製品が存在する。

サファリあるいはアルスターは、マスターピースだ。もうこれでペンの問題は解決した。

5.12.2017

Rome


ロイヒトトゥルムを買って、そして使っている。

以前はモレスキンを使っていたのだけれど、ロイヒトトゥルムを使ってみて、ああ、もうモレスキンには戻れないな、と思った。ロイヒトトゥルムのほうが安く、そしてあくまで僕の主観だけれど、すべての要素において勝っている。特に紙質は決定的だ。

ロイヒトトゥルムがモレスキンより劣っている点は、ひとつしかない。それは「入手しやすさ」だ。モレスキンは、ほとんどどこでも手に入るが、ロイヒトトゥルムは、ドイツに住んでいるのでもない限り、そんなに簡単には手に入らない。

幸い僕が住んでいるデュッセルドルフには、大きな文房具店があって、そこにいけば山積みで置いてある。日本に帰るときには、その山をまるごと買い占めるつもりだ。

5.11.2017


ファッションというものに、若い頃から、ほとんど興味がない。理由は簡単で、考えるのが面倒くさいからだ。

ほとんどいつも、同じ服を着ている。この点だけは、スティーブ・ジョブズか、カール・ハイドかと見まがうほどである。

白のスニーカーとジーンズに、シャツ、ジャケット。ほとんどいつもこれである。バリエーションを加えようとも思わない。

音楽も、何度も書くが、同じものを聴いている。バッハ、ベートヴェン、レディオヘッド、アンダーワールド。ペンはラミー。ノートはロイヒトトゥルム。同じものを聴いて、同じものを使う。

アルコールは、ビールかワインしか飲まない。カフェインは、アメリカンか、エスプレッソ。ブラックに限る。

ファッション誌は、月替わりで発刊されるが、月替わりで提唱するほどのスタイルがあるとは僕には思えない。

5.07.2017

Dusseldorf


仕事でヨーロッパ各地に行く。

が、残念なことに、あまり観光というものが好きではない、ということに気が付いた。正確にいえば、一人でする観光が好きではない。

すごく、孤独を感じるからだ。群衆の中ほど、孤独を感じるときはない。

誰も目も向けない通りとか、当たり前すぎる市街地とか、そういうところにこそ、被写体は存在すると思うようになった。

5.02.2017

Keiserwerth


ツイッターをやめた。やめた、といってもアカウントを削除したわけではなく、アプリを削除しただけだけれど。

なぜやめてしまったかというと、要すれば、ツイッター上の醜い言葉に堪えられなくなったからだ。

僕自身は、ツイッター上で人とやり取りをしたことはない。しかし、たとえば今日、あるジャーナリストとある個人とのやり取りを読んでいて、非常にうんざりしたのだ。

村上春樹は、どこかで、インターネット上の言説空間を「抜き身の刃物が飛び交っているようなもの」と形容していた。まさしくそのとおりだと思う。

ツイッターの代わりに何をするか?村上氏は「モーツァルトを聴いて、ディッケンズを読め」という。まさしくそのとおりだと思う。

古典は素晴らしい。

というわけで僕は、ひきつづき、バッハとベートーヴェンを聴いて、コナン・ドイルを読む。

ホームズは、自らが捕まえた犯罪者を「This gentleman」と呼ぶ。自分を殺そうとした(でも返り討ちにして滝に落とした)モリアーティ教授を、「lamented」(惜しむべき)と形容する。教授がいなくなってから、ロンドンは全くつまらない街になった、とまで言う。

ホームズの英国紳士ぶり、犯罪者に対してさえ表する、ある種の敬意に、僕は敬意を表する。