11.19.2017


樹や植物と同じくらい、水が好きかもしれない。水たまりは好きだし、川も、海も好きだ。別にその水で遊ぶのではなく、ただ落ち着くのだ。樹と水。

日経に林真理子の『愉楽にて』が連載されていて、これが非常に面白い。最初から読んでいないのでよく話の筋が分からないが、本当に面白い。林はともかく文章が上手い。

しかしジェネレーション・ギャップのようなものを感じないでもない。林の小説をほとんど読んでいないのだが、林のことは妻がエッセイを面白がって読んでいたので知っていた。僕は林真理子という作家は、なにか非常に日本のバブル期的な作家、という勝手なイメージを描いていた。エルメスのバッグを買ったとか、何とかの靴を買ったとか、そういうエッセイだったと思う。

小説を読んでもいないのに勝手なイメージを持つことはよくないかもしれない。しかし『愉楽にて』をつまみ読みして、僕は間違っていないのかもしれない、と思い始めている。

それはともかく、僕はいわゆる「ロスト・ジェネレーション」に属しているし、今の日本の若い人は、ほとんどバブル期的な価値観を持っていないのではないかと思う。というか、若い人は、それどころではないのではないか。

僕の価値観も、バブル的なものではまったくない。何度も書くように、僕は収入というものは、家族が衣食住に困ることなく、基本的な医療・教育・文化が享受できる水準であれば十分だと思っている。

しかし世の中の価値観というか考え方は、やっぱり経済が根底にあるのだろうか。バブル期の社会人や大学生が、どのような価値観を持っていたかわからないが。

それでも、今仮に、日本が1980年代のような経済力を持っていたとしても、いわゆる「バブル的」な生き方は、決して人を幸福にしないと思う。「欲望」は満たすことができるかもしれないが。「欲望を満たすこと」と「幸福になること」は違う。いや、自分は欲望を追いかけたい、そういう人はそうすればよいのだが。